大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)127号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告ら主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 成立に争いのない甲第三号証(昭和五七年六月一九日付け手続補正書)によると、本願発明は、「内燃(『然』とあるのは誤記と認める。)機関、各種燃焼炉、硝酸および硝酸塩を使用する工業等から放出される排ガス中の窒素酸化物を除去するための触媒に関する」(本願訂正明細書第二頁第三ないし第五行)ものであつて、従来、窒素酸化物、たとえばNO、NO2などを還元し窒素とする触媒としては、銅系触媒、白金族系触媒、希土類を含有する触媒など数多く知られているが、「本発明者らの追試結果によれば、これら公知の触媒系においてはそれぞれ耐久性、活性、触媒価格等に難点がある。耐久性に関しては特に煙道中に含まれる微量の亜硫酸ガスなどの硫黄含有物により被毒されるものがほとんどである。従つて現状では窒素酸化物を還元除去する触媒として実用上問題のない良好なものは得られない。」(同頁第一〇行ないし第一六行)との知見に基づき、「窒素酸化物、特にNO、NO2の還元触媒について高活性、安価で耐久性をもつ触媒の広範囲な探索研究を行い、その結果チタン及びバナジウムを含有する触媒が極めて良好な活性を示し、耐久性の面でもすぐれた安価な触媒であることを見出し本発明の完成にいたつた」(同頁第一七行ないし第四頁第六行)ものであること、窒素酸化物を還元するに当たり「アンモニア、硫化水素を還元剤として使用すると還元剤の損失は極めて少なくなることが知られている」(同第四頁第一七行ないし第五頁第二行)が、「従来から知られている白金、銅を含有する触媒ではアンモニアに対し強い酸化活性を有し反応温度を高めるとアンモニアからの窒素酸化物の生成を招き窒素酸化物の除去率が急激に低下する。この為従来の触媒を使用して窒素酸化物をアンモニアにより還元除去する場合には非常に狭い温度範囲でしか窒素酸化物の除去が有効に行なわれないことから、工業規模で窒素酸化物の除去を実施するためには厳密な反応温度の制御が必要となり運転が困難なものになると予想される」(同第五頁第三ないし第一二行)のに対し、本願発明「の触媒を使用して窒素酸化物をアンモニアにより還元除去する場合に反応温度は150~650℃の温度範囲でほとんど完全に近い除去率で窒素酸化物の除去が可能な画期的な性能を有するものであり、かつ本発明触媒は極めて良好な耐久性を有するものであり、本発明触媒の出現によりアンモニアを還元剤とする煙道排ガス中の窒素酸化物の除去が工業的にも有利な方法として提供されたものである」(第五頁第一三行ないし第六頁第四行)ことが認められる。

2 成立に争いのない甲第四号証(昭和四九年特許出願公開第一二二四七三号公報)によると、先願の当初明細書には、窒素酸化物を含有する排気ガスをアンモニアの共存下に150~800℃の範囲の温度に加熱して窒素酸化物を還元する触媒であつて、「一般式VxAyOz(ここでVはバナジウムの原子記号であり、Aは銅、亜鉛、錫、鉛、チタン、燐、クロム、鉄、コバルトおよびニツケルよりなる群の中から選ばれた一種ないし、複数種の元素を示す。XおよびYは0.5~12、Zは1~60)で表わされる金属酸化物触媒」(特許請求の範囲)についての記載があること、右XとYの比率の好適範囲について、「本発明における好ましい触媒の組成は、触媒に含まれるバナジウムの原子数を示すXと、銅、亜鉛、錫、鉛、チタン、燐、クロム、鉄、コバルトおよびニツケルよりなる群から選ばれた一種ないし複数種の元素の原子数を示すYの比が11:1~3:9であり、最も好ましくは11:2~4:8である。」(第四頁左上欄第一二行ないし第一八行)と記載されていることが認められる。

右記載によると、先願の当初明細書には、先願発明に係る触媒として、バナジウム及びチタンを含有するものが記載され、そして、前記特許請求の範囲の「XおよびYは0.5~12」との記載からすると、バナジウムとチタンの含有量が原子数の比で0.5:12ないし12:0.5である組成の窒素還元用触媒についての記載があるということができる。

3 そこで、本願発明に係る触媒と先願発明に係る触媒とを比較すると、本願発明においては、チタンとバナジウムの含有量がそれらの原子百分率で表してチタンが96%を越え99.9%以下であり、バナジウムが4%未満で0.1%以上であるのに対し、先願発明に係る触媒は、チタンとバナジウムの含有量がそれらの原子数の比で表して0.5:12ないし12:0.5であり、これをチタンとバナジウムの原子百分率に換算すると、チタンが96%ないし4%であり、バナジウムが4%ないし96%となるから、両者の触媒は、チタンとバナジウムの含有量の組成が明らかに相違するものということができる。

4 原告らは、審決が、先願の当初明細書の審決摘示部分、すなわち第四頁右上欄第一ないし第四行の「0.5:12よりもバナジウムが少ない組成では最高の窒素酸化物除去率が得られる温度は大きく高温側に移り、窒素酸化物除去率も大きく低下する。」との記載を引用し、先願の当初明細書に、チタンとバナジウムの含有量が本願発明の触媒のもの、すなわち原子百分率で、チタンが96%を越え、バナジウムが4%未満の組成のものを包含する窒素酸化物還元用触媒が記載されていると認定したのは誤りであると主張する。

先願の当初明細書に審決摘示部分の記載があることは当事者間に争いがないところ、審決摘示部分は、それが先願発明における好ましい触媒の組成及び最も好ましい触媒の組成に関する前記2の記載に続く記載であること並びにその記載内容に照らすと、先願発明に係る触媒において、一般式VxAyOz中のXとYの原子数比を0.5:12とする限定理由についての説明個所であり、バナジウムの含有量が原子数比で0.5より少ない組成では最高の窒素酸化物除去率が得られる温度は大きく高温側に移り、窒素酸化物除去率も大きく低下すると説明し、その説明の一環として窒素酸化物除去率に言及したにとどまることが明らかである。そして、前掲甲第四号証によると、先願の当初明細書において、バナジウム含有量が、原子数比で12との対比での0.5(原子百分率で4%)より少ない組成に関して触れられているのは、審決摘示部分のみであり、この部分以外には、右組成の触媒についての実施例やこれに準じるもの、あるいはこれに相当するものの記載がないことが認められる。

そうすると、審決摘示部分には、先願発明に係る触媒とは別個の独立した発明として、バナジウム含有量が、原子数比でチタン12との対比での0.5(原子百分率で4%)より少ない組成に関して記載されているとみることは到底できないというべきである。

5 被告は、本願発明では、バナジウムとチタンの原子百分率に関して、出願当初は、バナジウム0.1%以上60%未満、チタン40%以上99.9%未満というのが特許請求の範囲記載の触媒の組成であり、願書に最初に添附した明細書には、バナジウム4%未満の組成の触媒がそれ以上の組成の触媒より優れた効果を奏するということは記載されておらず、そのことを示す実験データの記載もないから、本願発明のバナジウムが4%未満、チタンが96%を越えるという限定は、格別に臨界的意義を有するわけではなく、したがつて、本願発明は、先願の当初明細書に記載のある、バナジウムが4%より少なく、チタンが96%よりも多い窒素酸化物除去用触媒の発明と同一である旨主張する。

しかしながら、前掲甲第三号証によると、本件出願においては、昭和五七年六月一九日付け手続補正書で明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の欄が適法に補正されたことが認められるから、願書に最初に添附した明細書の記載に基づく被告の右主張は理由がない。

6 本願発明の奏する作用効果についてみるに、前掲甲第三号証によると、請求の原因四、4、(1)ないし(3)掲記の原告らの主張のとおり、本願発明に係る触媒は、バナジウム含有量が極めて少量であるにもかかわらず、本判決別紙(1)(本願訂正明細書第一五頁表―1)のとおり良好なNO転化率を示し、本判決別紙(2)(本願訂正明細書第一九頁表―3)のとおり長時間にわたつてNOx還元率を低下することなく使用でき、しかも、本判決別紙(3)(本願訂正明細書第二四頁表―6)のとおりSO2酸化率が極めて低いという作用効果を奏することが認められる。

被告は、NO転化率は、本願訂正明細書記載の表―1(本判決別紙(1))から明らかなように、Ti―V比が9.5:0.5(原子百分率ではバナジウムが5%)で最大であり、バナジウムが4%未満でNO転化率が向上するということはなく、また、右明細書記載の実施例―9と本願発明の当初明細書記載の実施例―14とを対比すると、Ti―V比が9.5:0.5の触媒の対SO2耐久性が9.7:0.3の触媒のそれより優れていることが明らかであるから、原子百分率でバナジウムが5%の触媒が3%の触媒よりNO転化率及び耐久性が優れているということになり、したがつて、バナジウムが4%未満で、NO転化率及び対SO2耐久性が向上するということはないと主張する。

確かに、本判決別紙(1)(本願訂正明細書第一五頁表―1)の記載、並びに本判決別紙(2)(本願訂正明細書第一九頁表―3。実施例―9に関する。)と成立に争いのない甲第二号証(本願発明の当初明細書)の第一六頁の表―3(実施例―14に関する。)との対比からすると、本願発明に係る触媒は、バナジウムの含有量が原子百分率で5%の組成の触媒よりNO転化率及び対SO2耐久性がやや劣るものといえるが、前掲甲第二、第三号証によれば、本願発明の実施例―14は本願発明の当初明細書に記載されていたが、右明細書は全文補正されて本願訂正明細書となつたもので、これにより実施例―14は本願明細書の記載の一部ではなくなつたことが認められるから、当初明細書に記載された実施例―14と本願訂正明細書記載の実施例―9とを単純に比較して、対SO2耐久性に関し前述のような結論を導き出すこと自体不相当であるというべきである。そして、本願発明に係る触媒が、バナジウム含有量が原子百分率で5%の組成の触媒よりNO転化率においてやや劣るという点についても、先願発明の当初明細書の審決摘示部分には、バナジウム含有量が原子数比でチタン12との対比で0.5(原子百分率で4%)より少ない組成について記載されているとみることはできず、先願発明の当初明細書には、ほかにその実施例やそれに準じるもの、あるいはそれらに相当するものの記載がないことはさきに説示したとおりであり、さらに、前掲甲第四号証によれば、先願発明の当初明細書には、バナジウム含有量が、原子数比でチタン12との対比での0.5(原子百分率で4%)より少ない組成のものの作用効果についても何ら具体的に記載されていないことが認められる以上、本願発明の作用効果の一部である前記NO転化率について、バナジウム含有量が原子百分率で5%の組成のものよりやや劣るデータが見いだされるからといつて、その一事を根拠にして、本願発明が先願発明の当初明細書の審決摘示部分に記載されているとみるべき筋合いのものでないことは明らかである。

しかも、本願発明に係る触媒においてはSO2酸化率が低いという作用効果は、先願の当初明細書には何ら開示のないことが前掲甲第四号証によつて認められるところであること(被告は、本願発明の奏するSO2酸化率は、本願発明の出願当初の明細書に具体的な記載がなく、その後の補正によつて追加されたものであるから本願発明の作用効果ということはできないと主張するが、この主張は、適法に補正される前の本願明細書に基づく主張であるから、理由がない。)は、右の判断を強めるものというべきである。

7 そうすると、原告ら主張のその余の点について判断するまでもなく、本願発明は、先願の当初明細書に記載されたものであるとした審決の認定、判断は誤りであり、違法であるから、取消しを免れない。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告らの本訴請求は正当としてこれを認容することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

窒素酸化物を含有する排ガスをアンモニアの存在下で150~650℃の範囲の温度に加熱して窒素酸化物を還元する触媒であつて、該触媒は触媒成分として

(A) 酸化チタンおよび

(B) バナジウムの酸化物および/又は硫酸塩

を含有するものであり(但し、ルチル型および/又はアナターゼ型結晶構造の酸化チタン担体に酸化バナジウムを担持させたものを除く)、且つチタンとバナジウムの含有量がそれらの原子百分率で表わしてチタンが96%を越え99.9%以下であり、バナジウムが4%未満で0.1%以上であることを特徴とする窒素酸化物の還元用触媒。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!